憧れの文学賞
親愛なる皆様
暑いですね。😓
関西は、梅雨明けしたのでしょうか。。
セミが鳴いてます。
📕 📘
芥川賞と直木賞が決まったそうですね。 👏
わたしは、まったく熱心ではありませんけれど、
広義での音楽界でも、こういった賞があれば良いのにな、
と、羨ましく思います。
やはり、賞があるというのは、
その業界が盛り上がります。
そして、賞が開催できない、と、なってくると、
その業界の底力もまた、問われてくると思います。
( いち個人の見解です )
そもそも、賞取りがあるということは、
その業界が盛り上がっているか、
盛り上げる為に、その賞が作られたということ。
それが毎年、途切れずに権威を保ち続けたまま、
在り続けるというのは、
その業界の情熱・文化・伝統継承、の結晶、です。
例えば。
「スペイン人フラメンコダンサーのモノマネ・コンテスト」💃
というのを、この西播磨発祥で、開催しようとします。 (マニアック!)
まず、 出場する方、どうぞ! 挙手! (笑)
そして、審査員、どこからお招きしましょう?
コンクールというのは、
それに向かってくる人も(出場者)、
その向かってきた人を受け止める人も(審査員)、
どちらもそのこと(ここではスペイン人フラメンコダンサーの物真似)を
よく知っている、はたまた、体現できる、
ということになります。
さらに、
観客を入れる、とする、
一般投票なども入れましょうかね、とする、
ということは、
見る人々(ここではおそらく多くが西播磨人?)も、その良し悪し、
このコンクールでは、
せめてご本人(物真似される人)のことを、知っていないといけない。
いけない、( must )ということではないけれど、
知らないと、断然、面白くない。
これは、
ここでの開催は難しいかもしれない。。(笑)
というより、盛り上がらんなー
と、いった具合に、
コンクールは、文化の結晶、または、発展材料、です。
当たり前のようにそれが存在すること、
それは、奇跡の結晶、と、思っても良いかと思います。
さらに、その上位に輝けるなんて、ミラクルのミラクル 💫
当事者でなくても、それを楽しめている周りの自分も、
その結晶を担っている一人、
であることは間違いありません。
ここまできて、今日わたしは、
こういうことを書きたかったわけではなかったことにハタと気づく。
😅ありゃー
明日へと続く。。
*芥川龍之介賞(あくたがわりゅうのすけしょう):
通称芥川賞は、純文学の新人に与えられる文学賞